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芥川は、白皙で、唇が気持がわるい位、真赤だった。都会育ちの少年らしくよわよわとしていた。 菊池寛『半自叙伝』 半自叙伝・無名作家の日記 他四篇 (岩波文庫) posted with amazlet at 15.10.09 菊池 寛 岩波書店 売り上げランキング: 96,145 Amazon.co.jp…
私は上京して間もなく、上野山下の『世界』と云う料理店へ友人と二人で上った。むろん、そんな所へ上るのは初めてであった。私達は、品書を見て「わんもり」を註文した。「わんもり」は八銭で、一番安かったからである。すると、女中が「わんもり」だけでい…
上京当時、そば屋へ行くと、もりかけ三銭と書いてあった。それが、もり三銭かけ三銭と云う意味だとは分からなかった。私はもりかけと云うものがあるものだと思った。私は可なり長い間「もりかけを下さい」と云って註文していた。こんな場合そば屋では大抵か…
私は上京する時、曾(かつ)て東京にいた従姉が、東京へ行ったら、親子丼と云うものを喰べて見ろ、それはおいしいものだからと教えてくれた。私は、東京へ来てしばらくしてから、湯島切通しの岩崎邸の筋向こうにある小さい洋食店で、玉ねぎ入りの親子丼を喰…
明治43年(1910年)9月16日 山本喜誉司宛書簡(月推定)抜萃 水曜日から授業有之、一週独逸語九時間英語七時間と云ふひどいめにあい居候(候:引用元では略字。変換できず。) 教科書はマカウレイのクライブ カーライルのヒーロー ウォーシップ及びホーソー…
以前にも注意書きを添えましたが、小さな写真を参考したのでユンケル先生の外見は多少違うかもしれません。 シーモア先生に関しては、まったく資料がみつからず、想像で描いています。 大正元(1912)年 8月30日 井川恭宛て書簡(抜粋) KANIPANは今abcを学つて…
大正元(1912)年 藤岡蔵六宛て書簡 抜粋 Mysteriousな話を何でもいゝから書いてくれ給へ、文に短きなんて謙遜するのはよし給へ如例平静な生活をしてゐる時に図書館へ行つて怪異と云ふ標題の目録をさがしてくる 此間稲生物怪録をよんだら一寸面白かつた 其他比…
藤岡蔵六の写真が見つからなかったので、人物の外見をいい加減に描いてしまいました。参考になりそうな資料をご存じの方がいらっしゃいましたら、教えて頂けるとありがたいです。 本の装丁に関しても実在のものではありません。 柏生甫著『稲生物怪録』 芥川…
芥川龍之介の「二人の友」と森鷗外の「二人の友」 芥川龍之介は「二人の友」という短い随筆に、学生時代を回想しながら福間博のことを書いています。それによると、福間博が森鷗外の「二人の友」の登場人物F君のモデルと言われているため、鷗外にならいこの…
独逸語の時間に、古い鉄砲の名前が出たとき、種子島と訳して、皆をよろこばせたりした。 菊池寛『半自叙伝』より