私は上京する時、曾(かつ)て東京にいた従姉が、東京へ行ったら、親子丼と云うものを喰べて見ろ、それはおいしいものだからと教えてくれた。私は、東京へ来てしばらくしてから、湯島切通しの岩崎邸の筋向こうにある小さい洋食店で、玉ねぎ入りの親子丼を喰べた。それは、実においしかった。従姉の言空(むな)しからずだと思った。私はその後も、金と機会があるごとに、同じ店へ行って親子丼を喰べたものである。
菊池寛『半自叙伝』
半自叙伝・無名作家の日記 他四篇 (岩波文庫)
posted with amazlet at 15.10.09