菊池寛とわんもり_02
私は上京して間もなく、上野山下の『世界』と云う料理店へ友人と二人で上った。むろん、そんな所へ上るのは初めてであった。私達は、品書を見て「わんもり」を註文した。「わんもり」は八銭で、一番安かったからである。すると、女中が「わんもり」だけでいいかと云って訊いた。私達は、それだけでいいと云った。すると、女中がへんな顔をして去った。しばらくして女中が持って来たものを見るとお汁椀だけである。東京では、汁椀のことをわんもりと云うのだった。なるほどわんもりだけを註文するのはおかしいに違いない。
菊池寛『半自叙伝』
半自叙伝・無名作家の日記 他四篇 (岩波文庫)
posted with amazlet at 15.10.09