芥川龍之介先生マンガ記

芥川龍之介先生関連のマンガを掲載しています。見て頂くことと自分の調べ物と両方を目的にしています。

書簡集より 明治四十二(一九0九)年 広瀬雄宛

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粛啓 御手紙難有奉誦致し候ジャングルブックは嘗て其中の二三を土肥春曙氏の訳したるを読み(少年世界にて)幼き頭脳に小さき勇ましきモングースや狼の子なるモーグリーや椰子の緑葉のかげに眠れる水牛や甘き風と暖なる日光とに溢れたる熱帯の風物の鮮なる印象をうけしものに御座候原作に接したきは山々に御座候へども目下の様子にては到底手におへなささうに候へばまづ〳〵あきらめてRosmersholmをこつ〳〵字書をひき居り候

(中略)

今日はクオバデスとロスメルスホルムとの難解の個所を伺ひに上る予定の所朝より客来にて一日中栄螺の如く蹲りて且談り且論じ侯まゝ遂に参上致し兼ね候此分にては雅邦会を訪ふも覚束なく相成目下は復活の後篇をよみ居り候談話部の龍頭蛇尾に陥りたる委員諸君の遺憾はさこそと察せられ侯へども小生にとりては少くも天佑に御座候ひき、「批評の態度」の愚稿に先生の玉斧を請ひて御迷惑をかけ候夜は、帰宅後書いては消し書いては消し遂には筒井君の所へ電話をかくるに至り候「果断ありと自ら誇りしが此果断は順境にのみありて逆境にはあらず」其夜ひるがへして見たる「舞姫」の言我を欺かず侯これより学年試験の完るまでは一週間禁読書禁遠歩の行者と相成る筈に候遠足は散歩にて問にあはせ候へども禁書は兎も角も難行にて読みたくてたまらぬ時は何となく気のとがめ候まゝそうつと化学の教科書などの下にかくしてよむを常と致し候今度も此滑稽を繰返す事と思へば何となく滑稽らしくなく感ぜられ候あまり自分の事ばかり長々しく書きつらね候イゴイストは樗牛以来の事と御宥免下さるべく候 匆々

「〳〵」は横書きだとうまく表示できないのですが、繰り返しの記号です。

芥川龍之介全集〈第17巻〉書簡1

芥川龍之介全集〈第17巻〉書簡1

 

書簡集より 明治四十一(一九0八)年 (年次推定) 山本喜誉司宛

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笠置から塔の峰をめぐつて吉野をこえたなり高野に上つた 高野の御寺の精進料理はうまい 
笹の雪よりうまさうだ もう五六年たつたら君と一緒にこゝへ来てこの料理が食へるだらう
高野から金剛山へ上る。山は険しくないが途中で暮れてゆく山々の景色をながめたのは何となくうれしかつた
金剛山の宿へつくといきなり犬が二匹凄じい勢で吠えながら向つて来たのには驚いた 
なめさんも僕も足が動かなくなつた いゝあんばいに案内者が棒で追つてくれたので一息つく
飛行器の工事は進んだらう
平塚兄によろしく 左様なら
依田君からもよろしくと云ふ事だ

 ※なめさん=依田誠

年表によると、
「この頃、担任広瀬雄、級友依田誠とともに関西旅行に出かけ、高野山などを訪れる」
とあります。年次推定、前年の可能性もとのこと。

※手紙の中の案内者が担任の広瀬雄なのか別の人物なのかわかりませんでした。
※依田誠の顔写真がみつかりませんでした。

旅の格好、荷物はどうしたものかと思ったのですが、荷物を持って登山もないだろうということで、というかどういう鞄を描いていいかわからず省略。
脚絆に草履がそれっぽいようなので採用しました。7月なので半袖に。
当時の旅の服装や旅行鞄に詳しい人がいましたら教えてくださると助かります。

芥川龍之介全集〈第17巻〉書簡1

芥川龍之介全集〈第17巻〉書簡1

 

書簡集より 明治四十一(一九0八)年 芥川フキ宛て

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12月24日

粛啓 本日成績発表、小生は第一番に御坐候間乍憚御休神下され度候 猶中原君二番、西川君三番、依田君四番、宮崎君五番、砂岡君六番、筒井君七番、平塚君八番、山本君十三番に候 廿四日
先は取りあへず御知らせ迄

芥川龍之介全集〈第17巻〉書簡1

芥川龍之介全集〈第17巻〉書簡1